ECH代表 廣田正俊のコラム
Hirota column
会社の方向性や今現在の様子など
ECH 代表 廣田正俊の考え方とともに記しています。
座右の銘
私の座右の銘は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」です。
自分の地位が上がり、また知識などが増えていっても、他者を見下したり横柄な態度をとることなく、謙虚な態度で接することを例えて言っています。
社長をしていると、社外で色々な会社の社長に出会います。
そこで感じることは、大きな会社の社長ほど謙虚で親しみやすい方が多いことです。
その人柄から、やはり多くの社員の中で選ばれたリーダーだなと思います。
逆に、時々自分の事を少しでも大きく見せようと、虚勢を張ったり人を見下したりするような態度を取る人がいます。
それぞれの懐の深さの違いを感じます。
地位が高い人でありながら謙虚な人とは、いつまでも長くお付き合いができています。
その方と一緒に行動することで学ぶことがたくさんあります。
私の尊敬する松下幸之助さんは、相手が新入社員であっても、自分の知らないことがあれば謙虚に教えを乞うたそうです。
だから200,000人にもなる会社を作れたのだと思います。
自分の人生を豊かにするためには多くの物や事を見ることが必要だと思います。
多くの人から教えをもらう、このことが自分の人生を豊かにしてくれます。
いつも謙虚に構え、多くの人から教えをもらいたいと思います。
2025/05/23
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雇用の維持
最近大企業で社員数を削減するリストラをニュースで良く見るようになりました。
リストラは、以前は会社業績が悪化して、立て直しのために人件費削減を目的として行われました。
しかしいま行われているリストラは、将来に備えて今のうちに固定費にあたる人件費を削減しておこうという将来に備えての削減です。
狙いは、年功序列からくる人件費高騰を改め、実力主義への構造転換や、今いる人材の選択と集中などです。
人材の選択と集中とは、これからのビジネスで必要となるスキルを持った人材は社内に残し、会社が目指す方向に合わない人材はリストラするということです。
私は思います。
会社は社会の公器です。
会社は私的な企業ではなく、世の中の人や物といった資源を預かり、その預かった資源を社会の為に役立てて世の中の人の生活水準や幸福、物心両面の幸せの為に活動するものです。
会社は、世の中から預かった人や物といった資源が持つ能力を引き出し、社会に貢献するためにあると思っています。
社員は採用してあげているのではなく、社会から預かったものなので、社員の能力を引き出し世の中の人の物心両面の幸せのために尽くしていく事が会社が行うことです。
リストラは決してあってはいけないことと思います。
色々な事情から、もう会社がこれ以上存続できないという事態になれば、リストラはやむをえないこととして行われるのは仕方ないかもしれませんが、まだ会社にできることが残されている間は、会社にお金がある間はそのお金を使って雇用は維持しないといけません。
日本の会社の企業倫理が最近おかしくなっているように思います。
経営者は、会社は社会の公器であることをしっかりと心に持って企業経営は行われるべきと思います。
では、社員の立場ではどう立ち回っていけば良いかを考えたとき、この世の中の流れをしっかりと受け止め、リストラが当たり前のような社会になったとしても、自分の能力で自分、家族を守れるだけの力をつけることが必要です。
自分の能力は、周りの環境に依存しません。
毎日1時間だけでも本を読み、スキルを磨く、これを365日続けると1か月半の研修を受けたと同じくらいのスキルを身につけることができます。
あたらめて、日々ただ流れる毎日ではなく、1時間だけでよいので自分の将来の為に時間を使いましょう。
2025/05/17
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12月31日23時37分
「12月31日23時37分」、この時刻は何だと思いますか?
地球の歴史46億年を1年に例えると、人類の誕生は「12月31日23時37分頃」になります。
人類が地球を支配し始めて、まだ23分しかたっていないです。
この数字を見たとき、自分が日々悩んだりすることが小さなことだなと思えました。
また、人類が地球に出てきて、自分の祖先に一列に並んでもらうと50,000人位いて、そのうち49,500人は狩猟民だそうです。
その後の500人が農耕民です。
狩猟民の時代は、人はじっと座って何かに集中することはなく、いつも周りに気をくばり、何かあればすぐに動ける状態にしておく必要がありました。
それは、じっとしていると近くにいる獣に自分が食べられてしまうからです。
それが、文化の発達とともに食料を作ることができるようになり、知能も上がり自分を守る術を得たので農耕民となりました。
農耕民となってからは、周りで何か起こってもすぐには行動せず、じっと考えて、何が正しい選択かを定めて行動するようになりました。
ただ、人類の進化を考えると、狩猟民が49,500人分続いてきており、その行動様式は500人分続いただけで変わるようなものではありません。
500人 ÷ 50,000人 = 1% の進化では脳は変わらないのです。
いま私たちはじっと座って何かを学び、判断し、行動することが正しいと思われています。
しかし、人類の進化から考えると、かなり難しいことをしているようです。
仕事で悩んだり、困ったりした時に、そもそも自分の脳は 99% の進化でできた狩猟民の脳なので、今の社会の仕組みが合わなくても仕方がないと思うことも必要だと思います。
できて当たり前ではなく、そもそもできないことにチャレンジしているという気持ちが持てると、気分も楽になる気がします。
2025/05/06
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何が正しい?
先日ある場面に出会いました。
朝の空港ラウンジで、携帯電話で調べ物をしていたら、突然男性から声をかけられました。
「携帯電話の光がチラチラしてまぶしいです」と。。。
どうやら、外からの朝日が私の携帯電話に反射して、その男性の目にチラチラと入っているようです。
私はとっさに「すみません」と携帯電話の持ち手を変えましたが、このことは多くの事を示唆していると思います。
その男性はチラチラするのが気になるので私へ声をかけました。
その時に、周りの席は多く空いているので、自分が少し横の席に移動するという行動はとりませんでした。
男性は、私へ声をかけると、私からムッとされて自分が嫌な気分になるかもしれないので、またトラブルになったりするかもしれないので自分が横に移動しようという行動はとりませんでした。
私は、たぶん席を移動します。
理由は、トラブルになったときに係るコスト(言い争う時間や感情など)と、自分が移動するコストを比較して、自分が移動した方がコストが少ないという判断をするからです。
人それぞれと思いました。
この男性は、トラブルを予見しなかったのか、トラブルになっても自分が正しいので相手が動作を起こすべきだと思い声掛けに至ったのかなと思います。
私と男性、どちらが正しいということではないと思います。
人それぞれで、自分が正しいと思っていることも、少し落ち着いて考えると色々な視点が想起され、自分の行動を冷静に判断することが必要という事です。
私の行動も振り替えることが必要で、自分は何も悪いことはしていないと思い、相手へ「あなたが動けばいいでしょ」と争いをいとわず行動すると、もしその場で相手を負かしたとしても、あとあと自分は良い気分にはならなかったでしょう。
社会は様々な人がいます。
短絡的に自分の判断に寄らず、一旦とどまり少し考えてみるということは必要と思いました。
これには最後に落ちがあり、この数分後に自動でカーテンが下りてきて光は反射しなくなりました。
2025/05/01
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動機付け衛生理論
今回は、アメリカの臨床心理学者、ハーズバーグが提唱した「動機付け衛生理論」について書いてみます。
動機付け衛生理論は、社員が仕事に対して満足、不満足を引き起こす要因について述べています。
ハーズバーグは調査の末、仕事に対して満足を引き起こす要因と不満足を起こす要因は別であると結論付けました。
満足を引き起こす要因を「動機付け要因」とし、不満足を起こす要因を「衛生要因」と名付けました。
動機付け要因は、「個人をよりすぐれた遂行と努力へ動機づける効果を持つ」とし、衛生要因は「主として職務不満を防止する役目をし、積極的職務態度にはほとんど効果を持たない」としています。
すなわち、社員の職務満足を引き起こすのは「動機付け要因」であり、職務不満を防ぐには「衛生要因」を整えることが必要であるとしています。
なお、「衛生要因」は職務不満を防ぐことは出来るものの職務満足や動機付けの効果を持たないとしています。
「動機付け要因」の具体例としては下記があります。
これら要因を整えると、仕事に対してプラスの感情が出てきます。
・仕事内容
達成感ややりがいといった満足感がある
・承認
仕事が周りから認められている
・責任
責任ある立場で仕事ができている
・昇進
仕事の成果として昇進が得られる
「衛生要因」の具体例には以下があります。
これら要因が整っていないと、仕事に対してマイナスの感情が出てきます。
・会社の方針
会社の理念や施策に対する理解
・監督
仕事に対して正しく評価されている
・給与
満足できる給与を得ている
・対人関係
対人関係や職場の雰囲気に対する不安や不満
・労働環境
労働時間や残業、休暇などの仕事の環境や条件に関するもの
ハーズバーグの「動機付け衛生理論」は会社経営を行う上で役立つ理論です。
それぞれにおいてしっかりとした環境が整った会社を目指します。
2025/04/20
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AEPへの加入
ECHはSAP社のAEP(Authorized Education Partner:認定教育パートナー)になりました。
AEPになることで、今後SAP社の教育トレーニングの実施や教育ツールの再販などを行います。
今までもECHではSAP関係のERP操作教育などを行ってきましたが、今後はSAP社の認定教育機関として教育カリキュラムの実施も行います。
AEPとなる目的は、SAP業界の中でなかなか育成が難しいERPコンサルタントの育成に、当社の教育ノウハウを持って業界内での技術水準の向上を目指し、ERPの更なる国内拡販を目指します。
ERP業界の中で起こっているプロジェクトのトラブルなどを無くすために、業界に関係する技術者への技術水準向上に寄与して行きます。
ECHの代表である私には過去同様の実績があります。
1994年、マイクロソフトが日本でビジネス展開を行うにあたり、マイクロソフト製品の普及の為にオフィシャルトレーニングスクールの立ち上げを行い、技術者育成を行いました。
また、ネットワーク機器最大手のシスコシステムズが国内で技術者を育成するにあたり、シスコネットワーキングアカデミーの立ち上げに参加し、国内130の大学、高専、専門学校の教授、講師などに教育の実施を行いました。
オラクル社においては、ERP製品であるEBSの普及にあたり、認定トレーナーとして国内ユーザーへの教育を実施しました。
これら実績を踏まえて、今回SAP社のERP普及の為に、ECHの今までの教育ノウハウを持って技術者育成を行います。
ECHは今後、日本におけるSAP社の認定教育パートナーとして人材育成のリーディングカンパニーを目指し活動します。
2025/04/18
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真の使命に目覚める
今月の雑誌PHPに「松下幸之助さんの生涯」として「真の使命に目覚める」という記事がありましたので紹介します。
昭和の初めに松下幸之助さんが、取引先から、宗教の信仰によって人生に喜びを感じるようになったという話を聞きました。
そして、「この喜びを他人様とも分かち合いたい。一度私とお参りしませんか」と誘われたそうです。
幸之助さんは最初は断っていたものの、何度も熱心に勧められるので訪問することにしました。
現地に到着すると、塵一つ落ちていない壮大な神殿を見学し、大勢の人たちが無償の奉仕活動に喜びの表情で励んでいる姿に衝撃を受けました。
この宗教の隆盛は、優れた経営によるものではないか。
倒産の多い産業界の経営とは何が異なるのか、考え込みました。
宗教は人々に精神的なものを与え、産業は物質的なものを与えるという意味では違いがある。
しかしよく考えると、精神的な豊かさと物質的な豊かさのどちらも、人間が生活を営むうえでは不可欠な両輪であり、尊さという意味では本質的な相違はないと思いました。
ところが、現在の産業界には人間生活を豊かにするために事業を行っているのだという信念が無く、自分の利益ばかりを追求する風潮がある。
幸之助さんは、人々や社会に貢献することこそが、松下電器の真の使命であるべきだと考えました。
それは、物資を水道の水のごとく無尽蔵に生産して安価に供給することにより、世の中から貧困の苦しみを取り除くというものでした。
松下電器の真の使命は「水道哲学」と称され、広く知られることになります。
私はこの事を知り、会社を興し経営していくということは、私たちの指名をしっかりと認識して活動することが改めて大事であると思いました。
私たちの指名は「人を育て社会に貢献する」です。
優れた技術者、社会人を育成して、多くの企業に役立つITシステムを提供する。
育成は自社の社員に留まりません。
自社の社員、および関係するすべての人たちの技術水準を上げることに貢献し、日本の企業がITシステムを活用した競争力のあるシステムの構築、利用を支えていく、この事が私たちの使命です。
社員が成長することによる笑顔、お客様がITシステムを使うことによる笑顔、この笑顔を求めて日々努力していきます。
2025/04/12
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与えられたもの
最近、アドラーに関する本を読みました。
アドラーは、医師で心理学者として有名な方です。
1870年にオーストリアで生まれ、医師、教師として活動し、多くの人に心理学者として影響を与えた方です。
アドラーは多くの事を語っていますが、今日はその一つを紹介します。
「大切なのは何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである。」
アドラーと同じ心理学者で、有名な人物にフロイトがいます。
フロイトは人の感情や行動を「原因論」として捉えました。
よく「とらうま」という言葉を聞きますが、これは今自分の感情は、過去起こったことに原因があるという考え方です。
そうすると、困ったことや悩みなどが出たときに、周りの環境や過去に原因を求めます。
自分の感情は、与えられたものに原因を求めるという事です。
アドラーは、この「とらうま」を否定しています。
いま自分の悩みや感情の原因は周りから与えられたものではなく、自分が望んだことから起きているというのです。
アドラーは、全ての事は自分が望んだことにより起きていると言っています。
怒りなどの感情は、何か原因があり出てきているのではなく、怒りを発したいと自分が思ったので、その原因を周りにつくり出しているとしています。
分かりやすい説明として、母親が子供を強くしかる感情で説明しています。
母親は、子供が悪いことをしたから怒りが出てしかっているのではなく、怒りという感情を出したいために子供をしかっているとしています。
その説明として、子供をしかっている最中に電話がかかってくると、母親はその場でよそ行きの丁寧な言葉を使い話しだします。
怒りがあってしかっているのであれば、急にその怒りをなかったかのように電話で話すというのはおかしなことであるとしています。
怒りは自分が何かをしたいために(子供をしかりたい)自分で起こしているというのです。
感情は「原因論」ではなく「目的論」であるというアドラーの考え方は私たちの生き方に大きな指針を与えてくれています。
自分に与えられた環境に不満を持って行動するのではなく、自分の目的をしっかりと定めて、自分に与えられたものをいかにうまく使っていくかが大切であると思います。
自分の不平・不満という感情は、自分で作り出しているのです。
考え方を変えてみると、日々の人生がやりがいのある充実したものになります。
2025/03/29
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「あいにくの雨」はない
毎月読んでいる雑誌PHPに「こころにひびくことば」としてエッセイストの岸本葉子さんの下記寄稿がありました。
「あいにくの雨」はない
俳句を愛読する仲間がよく口にする言葉です。
「あいにくの雨」と挨拶でよく言うけれど、俳句にはそれはない。
桜を見にいくことにしていた日が雨であっても、雨の桜を詠むだけのことと。
目標を立てて努力することは大事です。
けれど努力ではいかんともしがたいことがあります。
期待したり計画したりした通りに行かなくても、現実をありのままに受け入れて、よきものやできることをその中に探す。
俳句に教えられた心の持ちようです。
私たちも仕事の中で計画を立てて作業を行うことが多いです。
難しい仕事が出てきたとき、計画通りにいかないということもあります。
その時に、「できません」とあきらめるのではなく、「ここまではできる」という風に、自分ができるところまでは懸命に行い、この気持ちを持っていれば心の平穏が保てる気がします。
2025/03/20
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業界で一番
「2位じゃダメなんでしょうか?」、これは2009年の民主党への政権交代直後に行われた「事業仕分け」において、当時参院議員の蓮舫さんが放った言葉です。
私は2位ではダメと思います。
1位になることはとても大変です。
道案内の無い砂漠を自分で道を作り目的地まで向かって行く。
そこには未知の障害や苦労があります。
なぜそのような苦労をしてまで1位を目指すか。
これは1位になるための行動が自分を飛躍的に成長させるからです。
出来ないと思っていることに対して、一生懸命取り組むことで、それまでできなかったことができてきます。
そこでできると、自分の目線が1ランク上がります。
それまでは無理と思っていたことが、そのことができたことで自分の当たり前が1ランク上がります。
それまできついと思っていたことが普通の事となり、自分の目線が上がり、そこからまた上を目指して進んでいく事ができます。
人は変化を恐れます。
今居る環境に留まることで静かに過ごしていけるという幻想を持ちます。
世の中の全てのことは、何もしないと衰退します。
食事、健康、体力、どれも何もしないと衰退します。
今ある自分の身の回りの環境も、今が心地よいと思い何もしないでいると気づいたときには衰退しています。
日々変化を恐れず、自分から変化を起こす。
その1つに目標があります。
1位を目指す。
その「自分にはできないかもしれない」という高い目標を立てて、そこに向かうことで多くの物を得られます。
私たちの会社は業界で人材育成1位を目指します。
「あの会社には優れたコンサルがいる。」
「あの会社に入ると優れたコンサルの中で自分を磨くことができる」
「あの会社にいると成長できる」
このような評価が業界内で得られることを目指して活動します。
2025/02/28
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